卒論テーマ一覧

2020年度

宝塚版『エリザベート』(1996年雪組公演)の考察―スターシステムによる改訂―
上村松園のスランプ―『花がたみ』と『焔』をめぐって―
コロマン・モーザーの日本美術の受容について~《月次絵》(1899年)を中心に~
歌舞伎における人気獲得のメカニズム―能『安宅』と歌舞伎『勧進帳』の比較からの考察―
19世紀パリの近代化とエドゥアール・マネの《鉄道》の主題についての考察
自在置物―工芸は美術作品といえるのか―その歴史と評価
「衛生」から「美の装い」へ、明治期から戦時下にかけての日本における化粧の変遷
「明暗」から見る『夏の夜の夢』と劇中劇のメタフィクション性について
エドワード・ホッパーと版画
ピエール・ボナールの《浴槽の中の裸婦》(1925年)の象徴的な意味合いについて
アルフォンス・ミュシャと日本美術
ミュージカル映画黄金期におけるダンスの表象
熊野観心十界曼荼羅にみる三地獄
ウェイン・ティーボーの戦後アメリカ美術史における位置づけについて
小野竹喬の絵画作品における木の象徴的意味ー《夕空》(1953)を例にー

2019年度

T.S.エリオットの論考から見る制作及び需要の両側面から考える伝統
バッハのカンタータ制作に見られるパロディについて~バロック音楽の時代背景とともに
河鍋暁斎と伊蘇普物語
映画『ヘルタースケルター』に見る蜷川実花の美学について
北野恒富の「美人画」について
室生寺十二神将像の図像と作者について
《オランピア》に見るマネの絵画的思考
高松次郎晩年の絵画作品についての一考察ー「形」における色彩表現とトータリティー獲得への方向性ー
デュシャンにとっての〈機械化〉ーピカビアとの関係から

2018年度

オディロン・ルドン《神秘》が語るもの
破壊と創造のコム・デ・ギャルソン~川久保玲が打ち破ったものと生み出したもの~
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール絵画の社会的受容
狩野一信「五百羅漢図」
モリエール、外界と交流する演劇 『タルチュフ』に見られる相互交流の図式
レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」における絵画外の世界との距離感について
モーツァルトによって遺された未完の作品『Requiem』を、モーンダーはどのようにして完成させたのか
グスタフ・クリムト《ユディトⅠ》《ユディトⅡ》をめぐる一考察
デュシャンが求めた自由な表現
作品を通してみるダリの生涯
三越百貨店のポスターにみる杉浦非水のデザインの変化
マルク・シャガールー幻想的な画家と呼ばれるまでー
竹内栖鳳の外遊について
ラファエッロ《アテネの学堂》 描かれた人物群像の同定と、ラファエッロ本人の自画像が描かれているのかの真偽について

2017年度

「複数の行程が交差するストーリー」について~ライトノベルにみる物語構造の分析~
日本近代美術における「神話画」について
マグリット作品におけるメタモルフォーズと言葉とイメージの共通点
ココ・シャネルの生涯と作品~なぜ、CHANELは人気ブランドとなることができたのか~
レオナルド・ダ・ヴィンチの《受胎告知》の独自性
日本美術における牡丹猫図の変遷
ミュージカル映画におけるカメラの視覚-ダンサー特有の手段から、選択される手法へ-
江戸の富士~富嶽三十六景と富嶽百景を中心に~
三代目市川猿之助の活動と歌舞伎の体質についてー『義経千本桜』『川連法眼館の場』におけるケレンの演出を中心にー
エル・グレコ 画風形成におけるトレドの影響について
ル・コルビュジェの捉える「装飾芸術」ー家具にみる役割と独自性ー
アール・ブリュットが生み出された背景
吉野水分神社伝来「吉野御子守神像」・「子守明神像」について~その成立と願主について~
エドワード・ホッパーの作品の冷ややかさを彼の好んだ文学の表現より解き明かす
武田五一の生涯と建築
『暁斎百鬼画談』のパロディ性について
竹久夢二~《黒船屋》と、「夢二式」美人における理想の女性とは~

2016年度

根本曼荼羅の研究
ポスター芸術の台頭について
上村松園~《序の舞》で到達した女性像とその後の展開~
寺山修司『草迷宮』における演出についての考察
オディロン・ルドンの画面構成―「枠とり」と「仕切り」に着目して―
《記憶の固執》からみるダリの作品表現―ダリの時計はなぜ溶けるのか―
シェイクスピア劇と《重層構造》―現代の再制作における改変とともに―
カラヴァッジョ作《エマオの晩餐》を比較して 現実世界と絵画世界の共有について
フェルメールによる「リアル」とは―カメラ・オブスクラ議論を手がかりに―
クラシックバレエ『白鳥の湖』のマシュー・ボーンによるリバイバル―新しい物語とパントマイムによる伝達―

ベラスケスの生涯と作品

2015年度

竹久夢二の流行と衰退~大正という時代~
印象派の画家ルノワールー「衣服の女性」から「裸婦」に至るまでー
時代の芸術観の変化について~アンリ・ルソーの評価から考察する~
ホドラーの人物画におけるリズムとパラレリズム
日本におけるイソップ物語の受容 挿絵の役割についての考察
アルフォンス・ミュシャのふたつの顔:パリとスラヴのミュシャ
児童雑誌『赤い鳥』の分析ー「現実離れ」した世界は、いかにして作り出されているかー
「無原罪の御宿り」とムリーリョについて
美術品としての刀
《アヴィニョンの娘たち》の起源ーゴソルを起点として
デュシャンの芸術作品における独自の戦略
演奏シーンに“リアリティー”を与えること~『のだめカンタービレ』のテレビドラマ版、アニメ版を中心に~
葛飾北斎とジャポニスム~北斎の国際的評価へ至るプロセス~
正倉院宝物模造に見る近代日本美術工芸の方向性
ゴッホのひまわり

2014年度

川瀬巴水と新版画―その考察と評価について―
スーパー歌舞伎『オグリ』における歌舞伎ファン以外の人のための工夫
月岡芳年の画業変遷と時代の考察
ロバート・モリスの初期作品―人・作品・空間の関係を考える―
はぐらかされ続ける観客たち~寺山修司『レミング―壁抜け男』における壁の増殖~
”すみれコード”は誰のものか―宝塚歌劇団と観客―
三越からみる杉浦非水の研究
竹内栖鳳の動物画―近代京都画檀に与えた影響―
意匠と文様からみた近世小袖の研究
マシュー・ボーン版バレエ『白鳥の湖』第三幕における、衣装の演出効果について
ルノワールが描く肌の透明感~ジャンヌ・サマリーの顔の青い色彩~
シェイクスピア『夏の夜の夢』にみる観客の没入と覚醒
ギュスターヴ・クールベ~芸術思想の変遷~

2013年度

いわさきちひろの研究―ちひろにとって絵本とは―
スチームパンクの発展とその段階
ゴッホと日本の出会い
フラ・アンゼジェリコの天使
赤い太陽のポスター―1964年東京オリンピックのシンボルマークとポスターをめぐって―
天龍寺庭園から見た夢窓疎石の庭園観とは何か
輸出漆器と南蛮漆器のキリスト教祭具について
つかこうへいの演劇制作~『熱海殺人事件』を中心に、その方法論を探る~
権力と源氏絵
長澤蘆雪の仔犬図に見る応挙画の影響と応用
アンゼルム・キーファーのアイロニー ドイツの芸術家としての在り方
浮世絵に見る江戸時代の人と猫
竹久夢二の人間象からみる絵
デュシャンにおけるレディ・メイド概念の変容
伊藤若冲の作品について―行年書きのある作品を中心に―
現代写実絵画が目指すもの―アントニオ・ロペスから磯江毅へ―
近年における若冲ブームとその評価
2つの忠実~『ハチミツとクローバー』から見るジャンル変換に伴う活字の処理と楽曲の導入~
三宅一生の創作における一考察~『一枚の布』の本質を探る~
宝塚におけるトップスターシステムの変容~『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』を通して~

2012年度

セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》
近年における若冲ブームとその評価
宝塚歌劇は今日においてもスターシステムに奉仕しているのか
鈴木忠志と演出する「身体」
『夏の夜の夢』と《ピラマスとシズビー》ーシェイクスピアにおける劇中劇の機能とその認識
広告と美術 商業美術の誕生とその経緯
ヨハネス・フェルメール《手紙を読む青衣の女》の修復
パウル・クレーの方形画における色彩
土田麦僊の研究ー海外美術との関わりを通してー
『ガラスの動物園』ーテネシーウィリアムズが示す現実性の強化ー
『身毒丸』という「半世界」~上演することのリスク~
イーザーの受容美学にみられるテクストの支配
『ブレードランナー』のアジア的要素が孕む人種問題
フィレンツェで生まれたラファエロの主要様式
猪熊弦一郎の研究ーニューヨーク時代を中心にー
亀居山大乗寺における円山応挙の構想について
重森三玲の作庭からみる芸術としての日本庭園
歌舞伎における「型」ーその成立と伝承についてー
モンドリアンの変遷をたどる
宝塚歌劇における外在する「トート」ーエリザベートに依存しない男役の造形
今日、演劇による社会批判は可能か?ーブレヒトからの一考察ー
アルフォンス・ミュシャ《スラブ叙事詩》制作の目的と経緯
モネ《積みわら》連作と新印象派との関連
変化する物語《道成寺縁起絵巻》